シノサキ、その先

シノサキの日記のようなもの。

ゆうきゆう氏の一件があって、創作物と作者の関係について考えていた

どうも。シノサキです。

なんかちょっと気になったものですから、書いてみます。このブログではそうそう見られない2連続投稿になります。

 

昨日出たニュースでしょうか、精神科医のゆうきゆう氏が10代の女性患者とうんぬんかんぬん。まったくどちらの肩を持つとかではないのですが、痴情のもつれなんでしょうか。真相は知らないけれど、有名人は大変ですな、と。

 

ゆうきゆう氏といえば、「マンガで分かる心療内科」の原作とかをやっています。ゆうき氏の創作物はTwitterに上がっているマンガを少し見ている程度で、詳しい内容は見ていないのですが、賛否両論ありつつ、話題の作品ではあると思います。

 

ゆうきゆう氏は精神科医であり、マンガなどで恋愛や性みたいなテーマもしばしば扱っているからこそ、今回の一件がより問題ありそう、という感じです。

 

この一件を知った人の作品に対する見方は、間違いなく変わると思います。僕自身、それを知る前と知ったあとでは、同じ視線で作品を見ることはできません。多くの人がそうだと思います。

 

でも、今現在の作者の状態と過去の作品には、なんら深い関係はないと思ったりもするのです。関係がないというか、特別結びつけて考える必要はないのかなと。

 

今となっては説得力がなくなってしまっているものもあるのかもしれませんが、実は過去にそれが人の役に立っていたかもしれませんし、賛否両論あったとしても非常に注目されていたかもしれません。その事実は変わらないはずです。

 

でも、人間は結びつけたくなってしまうんですよね。悪いことじゃない。自然なこと。文学だって、作品の裏にある作者の背景などを研究するし。

 

作品は、限りなく作者の分身のひとつだと思います。人の頭の中からずるずると出てきたものだから、頭のどこかにあったのはたしか。でもコピーではないはず。

 

人のなかにはいろんな人格がいて、SNSの裏アカウントでさんざんネガティブ発言していたりしても、それは本人とのバランスを保つための行為だったりして。創作も、叫びたいけど叫べない、みたいなことをお話に込めたりすることもあるだろうし。

 

創作は創作。作者は作者。

 

わかっているようで、頭の中で結びつけずにはいられない。創作物と作者の間には、そんな不思議な関係があるような気がします。

 

だからゆうきゆう氏がどうこうということはないのですが。

 

たとえば、企業か誰かが過去にゆうきゆう氏を肯定的にとらえて、一緒に作品作りなんかをして、そのときはめでたしで終わったとして。

 

しかしこの事実が発覚した今、その昔の作品で彼とのつながりがあるのはマズイ、マイナスイメージになりそう、過去の作品はできるだけ消してしまおう、みたいな考え方ってどうなんだろうとか考えました。

 

(いちおうweb編集的な仕事をしているので、有名な人を起用すると実はそういうリスクもありうるのだなと痛感したわけです。)

 

でも、過去は過去で、アンチはいたとしてもその時は話題作りと思ってやったわけだし、その時点でやばい人と一緒にやっていたわけではないし、なんら問題はないと思うのだけど、過去のつながりをなくしたくなる気持ちもわからなくはない。

 

そんな心情。創作物と作者はやっぱり、どこかでつながってしまうんだな。

 

何もまとまらない。