シノサキ、その先

シノサキの日記のようなもの。

ご利益、一口一円也。

どうも、あけましておめでとうございます。シノサキです。

昨年はあまりお世話になれませんでしたので、今年こそは。よろしくお願いします。

 

三ヶ日もあっというまに終わってしまって、今日から通常運転。日常の再開。

まだお休みの人も多いようです。今朝は電車がとても空いていました。ありがたい。

 

かなり私事ですが、年末はひどい風邪をひいて寝込んでいたので、知らぬ間に年末年始に突入してしまいました。

こんなに熱が引かないことは今までなかった、っていうくらい熱で寝込んでいました。まぁ寝込んだといっても、さっぱり動けなくなるような体質ではないので、ごろごろとアニメなんかを見ていました。

 

そんなこんなで、まだ熱が収まらぬままに2016年は終え、元旦あたりにようやく熱が下がって。

厄年が最後の最後に来たのでしょうか。なかなかにひどい年越しで。実家のご馳走も食べ損ねて残念です。

 

2日は、ちょっとコンビニまで出かけたついでに近くのお寺へ立ち寄りました。

初詣なんてそんなたいそうなものじゃありません。近くにちょっと名の知れたお寺があったから、というだけで。

 

お寺か神社かも特に関係なくて。有名といっても、参拝客で溢れるほどではないですし。人いっぱいだったらそもそも寄らないです。

コンビニで、大して興味もないけど雑誌コーナーの前に立ってみる、くらいのついでです。

 

お賽銭箱の前で財布を開きました。

小銭は500円、100円、50円、1円が2枚。

なんと、5円がないじゃないですか。

 

お賽銭は5円と相場が決まってる。

1円じゃ心もとないし、かといってケチな僕としては神頼みなんかにあまりお金を出したくない。

日頃あまり現金を使わない生活をしているので、あいにく小銭は意外に少ないのでした。

 

5円の上位互換的な側面がありそうな50円にすべきか、5の仲間なのに穴の開いていない謎の500円様…はちょっと惜しい。

縁起や金額の意味なんて関係ないのです。ただの自己満足なので。

でもどうせ50円以上出すなら、せっかくだし100円くらい出しておくか。多いほうがご利益大きそうだし、と。

 

お賽銭なんて気持ち、だけど少なすぎるのも、とか、多いほうが、なんて思ってしまうこともあるんじゃないでしょうか。人間だもの…。

少なくとも僕は、思います。一口一円、地獄の沙汰も金次第。

大金持ちならお金ではなく「徳」を積むべしというところでも、金なしの僕は、金を払って「得」をくれと。お金でなんとかなって欲しい気持ちもあるし。

 

そんなわけで、100円を投げてきました。

「 今年は100円払ったんだから、いつもより100倍良い年に」

 

と、早速に雑念を募らせて参りました。

 

せっかく年末に鐘ついて祓われたのに。

今年は、例年行かない年始のお参りなんて行ってそんなこと考えたものだから、去年より煩悩は少なくともひとつ多いのです。今年の年末はきっと、どうにも108回じゃ足りない。

 

でも、ちょっと待って、例年お賽銭0円0口ということは。

今年100倍良い年になったって、0×100=0ってこと。もう未来永劫、僕のご利益査定は0円のままかもしれない。

 

これが日頃の行いってやつか。