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シノサキ、その先

シノサキの日記のようなもの。

靴を見ればわかると言えども。

日記

どうも、こんにちは。シノサキです。

また日付を越えてしまいましたが、11/4の気持ちです。


昨日の夜に、何かブログに書きたいことを思いついたような気がするけれど、寝てしまったらすっかり忘れてしまいました。悔しい。

 

そういえば、新しい靴を買ったので。

靴といえば、ファッションの一部としてもけっこう重要だとは思うのですが。
服装によって靴を使い分けたり。スーツの時と私服の時で靴が変わるのは普通ですが、私服用の靴が何足かあれば、多少は使い分けますよね。
でも実際、けっこうなオシャレさんや靴好きでなければ、男性ならそんなにたくさんの靴は持ってないと思うのです。

 

僕は自負があるくらい、とてもファッションには無頓着で。あまりに見すぼらしい格好でなければいいかなぁ、ぐらいです。
服や靴なんてめったに買わないし、もちろん服装のバリエーションも少ない。
結果的に、服や靴はどんどん着古される。徐々にボロくなっていきます。

 

しかも物持ちがいいというか、貧乏性なのでしょうか、なかなか新調する気にならなくて。
使っているうちにどんどん愛着も出てきますし、使える限りは使ってやろう、という気持ちになります。

 

その結果が、これです。

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たぶんですが、7年めに入っていたはず。


僕にとって、靴を買うというのはなかなかに一大イベントであることが窺えます。
今回新しく買うまでに、何度かは靴を買っていますが、彼らは長老よりも早くお亡くなりになったり、結論的にベストパートナーたりえず、現在長老と新品の間で残っているのはもう一足だけです。

 

雨の日も風の日も共に過ごしすぎました。
底が抜けて、雨の後で地面が濡れているだけで浸水してくるほどでした。
そんなになっても、晴れの日は履かれることが多くて、つまりはいちばんのお気に入りである、と。

 

せめて見すぼらしくない格好をしよう、というスタンスだったはずが、靴だけは例外で。本当に、よくもここまで履き潰したなという具合になりました。自分で見てもびっくりします。


もはやファッションなんて関係ない。
靴本来の、足を保護するという役割すら怪しい状態です。

 

靴を見ればその人がわかる、と言いますけれども。
ここまで来たら、どんな意味が。いろんな意味が読み取れてしまいそうです。
少なくとも、お金持ちではないのは確か。

 

高い靴ではありませんし、ろくに手入れなんてしたこともありませんが、ひたすら長年のご愛顧は、痛そうなほど減った底を見ればおわかりいただけるかと。
靴にとって何が幸せであるかはわかりませんが、その意味を見出すのはまぎれもなく使用者に違いありません。

 

もはやどのタイミングで引退するべきかわからくなってしまった古参のごとく、そのまましばらく履いていましたが、本当に思い立ったが吉日という具合に、そろそろ靴買うかと思って。

そんなわけで、歴史を感じる名パートナーのバンズさんとはお別れという流れになりました。
そしてまた、似たようなバンズが。
もう、末長くよろしくといった感じです。

 

長年ともに歩んできたバンズへの感謝をこめて。